カラヴァッジョ展に行ってきた!殺人者で逃げ回った男の精神性とは?
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上野の国立西洋美術館で展覧されているカラヴァッジョ展に行ってきた!
バロック絵画の第一人者でありながら、殺人者で逃げ回った男・カラヴァッジョ。カラヴァッジョの絵も凄いけど、彼の生涯が面白い(笑)
■ カラヴァッジョ展
場所:国立西洋美術館
日時:2016年3月1日~6月12日
(月曜日・3月22日は休館)
開催時間: 9:30~17:30
※入館は閉館の30分前まで
※ただし、毎週金曜日は20時まで
HP:http://caravaggio.jp/outline.html
正直、僕は絵画の知識は全くないし、キリスト教も詳しくありません。
ですが、カラヴァッジョ展は、そういう僕でも楽しめましたので、ど素人から見たカラヴァッジョ絵画の感想をご紹介します。
カラヴァッジョとは何者か?
ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ
(1571年~1610年)
カラヴァッジョとは、16世紀末頃から活躍したバロック絵画の第一人者。
38歳で亡くなり、非常に短命です。
ルネサンス期の後に登場し、カラヴァッジョ(Caravaggio)という通称で広く知られ、1593年から1610年にかけて、ローマ、ナポリ、マルタ、シチリアで活動した。あたかも映像のように人間の姿を写実的に描く手法と、光と陰の明暗を明確に分ける表現は、バロック絵画の形成に大きな影響を与えた。(wikipedia)
wikiにもあるように、彼の絵画の特徴は、光と影の使い方。
背景が暗く、一筋の光を当てて、より人物にスポットライトを当てることで、人間の心まで一枚の絵で表現しています。
そして、カラヴァッジョは、バロック絵画の第一人者なのは間違いないですが、面白いのは彼の生涯。
天才にありがちな、もう酷すぎる人生(笑)
仕事をちょろっとして、飲んだくれて、暴れて、ついには殺人まで犯して逃げまくる・・・。
wikiを見ると、どれだけダメ人間だったかがわかります。
その暮らしは順風満帆なものではなく、自宅で暴れて拘置所に送られたことが何回かあり、ついには当時のローマ教皇から死刑宣告を受けるほどだった。
カラヴァッジョの暮らしは「二週間を絵画制作に費やすと、その後1か月か2か月のあいだ召使を引きつれて剣を腰に下げながら町を練り歩いた。舞踏会場や居酒屋を渡り歩いて喧嘩や口論に明け暮れる日々を送っていたため、カラヴァッジョとうまく付き合うことのできる友人はほとんどいなかった。(wikipedia)
ですが、これだけ精神的不安定だからこそ、そのカラヴァッジョの闇を絵画に多くぶつけています。特に、キリスト神話に出てくる人物が、あたかも現実に現れたような作品が多い。
その中でも、特に印象に残った2点の作品をご紹介します。
エマオの晩餐(1606年)
「エマオの晩餐」は、ある農家に宿泊した見知らぬ旅人が、実は磔にされて、死んだはずのイエスだったという作品。
真ん中の緑の人がイエスです。あたかも、イエスが現実に現れたように、自然とその場にいますよね。
頭の中にある空想を、あたかも現実にいるかのように表現したことに意義があるんじゃないかと思います。ある意味、これこそ思考の現実化です。
過去・現在・未来は必ず繋がっていますが、それを言葉で表現しようとすると抽象的すぎて、限界がありますよね。
ですが、絵画ならこういう風に思考を現実に表現できるんだなぁと、この絵を見て感じました。当時の人々も、このイエスのリアリティに魅せられたんだと思います。
それにしても、この影の使い方が、本当に写真みたいですよね。
法悦のマグダラのマリア
法悦のマグダラのマリアは、カラヴァッジョが最後に描いた作品?と言われています。
2014年にカラヴァッジョの真作と認定され、今回が展示会世界初公開。
これは、殺人という罪を犯したカラヴァッジョが娼婦だったマリアと重ね合わせて書いています。マリアは、イエスと出会って人生が変わりましたが、カラヴァッジョも、自分の闇とマリアの闇を重ね合わせ、許しを請えているのでしょう。
白目を向いて、涙を流すマリア。
天を向いて絶望している感じが、当時のカルヴァッジョの闇を表していますよね。
芸術に触れる意義
絵画を含めて、文学や映画、音楽などは、作った人の精神性がにじみ出ています。
このカルヴァッジョの作品なんて、400年前の作品が、今でも心にグッと来るんだから、自分の想いをぶつけた作品には、時空を超えてパワーを感じます。
芸術に触れる意義は、このように人間の精神に触れることだと思うんですよね。
カルヴァッジョなんて、作品は素晴らしいけど、人生はひどいもんだし、現実にいたら、清原なんて比にならないくらいのクズ。
でも、こんな凄い人でも、日常生活はクズなんだと思うと、ちょっと救われませんか?
ちょっと失敗しても、それをパワーにして、こんな作品だって作ることができるんです。失敗した過去にも、必ず意味があります。
別に絵なんて書かなくても、日記やブログなどに文章として表せば、そこから何かが生まれる可能性もあります。
SNSが発達して、そういう救いを人間関係に求める人が多いけど、そんな他人の反応を待つくらいなら、カラバッジョ展などの芸術に触れて、偉人の精神性に触れてみてはいかがでしょうか?
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